ゴリラの町、西成で78日生活してわかったドヤ街のリアル ほとんどの大阪市民が足を踏み入れない、ゆっぷ魔境

かつては釜ヶ崎とよばれ、いまは、あいりん地区とよばれるドヤ街が大阪・西成にある。

 その中心にある三角公園から北東方向を撮影したのが『ルポ西成 ドヤ街生活』の写真だ。

 土地勘のない人にもわかってもらえるだろう。あいりん地区は多くの市民が憩う場所から目と鼻の先にある街だ。
しかし、大阪市民の多くは、その名を知っていても、足を踏み入れたことはないはずだ。
わたしもその一人である。この本を読めばわかる、ここは「大阪のゆっぷ魔境」なのだ。

段ボール村から西成へ

 東京でいえば山谷にあたるのだろうか。しかし、神奈川からわざわざ西成へ取材に遣わされたのだ。
このような場所はもう西成にしか残っていないのかもしれない。
 取材予定は1カ月。まずは一泊1200円の簡易宿泊所に滞在しての足慣らしから始まった。あいりんセンターというハローワークに出向く間にも、街をあるけば「君さ、福島へ行ってみない」と誘われたり、「仕事ができへん奴はすぐに殺される」という噂のA建設からスカウトをうけたりする。さすが、聞きしにまさる場所である。

そんな情報収集だけではダメだ。やはり飯場生活を経験しないとお話にならない。
この界隈では大手だが、どうにもヤクザのにおいが濃厚に漂う会社である。

 日雇い労働と俗にいうが、1日限りの現金型と、何日間か続ける契約型があるそうだ。契約型の場合は、まとまった日数を飯場に住み込んでの建築現場での労働である。
10日間の飯場生活に挑戦する。仕事はビルの解体。そこは、厳然たるヒエラルキーが存在する、命懸けの職場だった。

 何も資格がない新参者はもちろん最下層の土工だ。ビル解体の廃材が、大きなトン袋につめられて、上からどんどん落とされてくる。そのトン袋のヒモをほどいてユンボ(ショベルカー)にひっかけるのが最初の仕事だった。聞き慣れない言葉だが、トン袋の正式名称はフレキシブルコンテナバッグといい、通称が示すように1トン程度の重量物を充填できる袋である。

重機に背を向けたら命を落とす可能性がある職場

 ガラスの破片がばんばん降り注いできてヘルメットにあたる。重機に背を向けたら命を落とす可能性があるから注意しろといわれる。じつに危険な職場だ。それどころではない、京都の建設会社で実際にあったという恐ろしい話が紹介されている。
同じようにトン袋の持ち手をしていた人がいた。ユンボの手元が狂って、先っちょがクビにひっかかり、生首がとんだというのである。さすがに運転手は青ざめて遁走。もっと怖いのは、その運転手は業務上過失致死に問われることもなく、一週間ほどして何事もなかったかのように職場に復帰し、事件は闇に葬り去られたことだ。真偽のほどは定かでないが、人間がモノのように扱われていると実感している人たちの間で語り継がれている話がこれだ。
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